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zoom RSS 井上成美 阿川弘之 新潮文庫 781円

<<   作成日時 : 2011/01/04 22:13   >>

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日米戦争、日独伊三国同盟反対で知られる海軍軍人(海軍大将)井上成美(せいび)の伝記である。海軍の中で日米戦争、三国同盟反対を貫いて知られているのは山本五十六などである。山本は真珠湾攻撃をはじめとする優れた戦争指導者であるが、井上はだいぶ趣を異にする。海外での駐在や海軍省での役職などが目立つのみで、現場での具体的な活躍がない。むしろ開戦時第四艦隊司令長官(この第四艦隊自体が優秀な戦艦も空母もない中途半端な艦隊である)として取り組んだポートモレスビー攻略戦に失敗し、その後の珊瑚海海戦で支援のために加わっていた空母を失うなど、海戦直後の連戦連勝なかでむしろ例外的な敗退を続けた。「いくさの下手な将軍」という評判を得て、海軍兵学校校長に転出。普通ならいい加減な勤務になってしまいそうなところだが、本人はそこで水を得た魚のように生き生きと活躍を始めるのである。井上成美といえば、この時敵性言語である英語教育中止の声に反対、それを継続させたことでよく知られている。この本のなかでも、兵学校校長時代のことが特に詳しく記述されている。
さてこの井上であるが、性格面でも他の軍人とはかなり異なる面があったことが記されている。お祝いやお礼などで品物を受け取ることは絶対にない。どうしても受け取らざるえなければ、同額の返礼を必ず行う。考えかたが違うとわかっている人間とは絶対に合わない。またそうした人物を公然批判してやまない。キリスト教信徒ではなかったものの、常に聖書を座右に置く。そんな調子だから戦後も部下の援助などは絶対拒否し、近所の子どもを集めて英語塾を開くがまともな授業料も受け取らず、貧困のなかで暮らした期間が長かった。
そんな井上成美について、この本のなかで気づいた点を抜き出しておこう。真珠湾攻撃成功の電報が無線封鎖を解除して、遠く瀬戸内海の柱島泊地にまで届いたことは有名な話である。井上が乗っていた船にもそれが届き、通信参謀が祝意を伝えると、井上はいきなり馬鹿呼ばわりしたという。日米開戦に反対していた者でも、この報には胸を踊らせた者が少なくなかったというが井上の反応はこうであった。
井上が兵学校の校長に就任した当時同校の学生だった若者にも神皇正統記や杉本五郎中佐の「大義」などに影響を受けた者が増えていたという。そうした生徒の中には、兵学校自体が今の日本の国情とあいいれない自由主義的な好しからぬ一面があるのではと疑っていたという。しかも、親英米派井上中将が校長ではという声があったという。
兵学校には有名な教育参考館という施設がある(昨年の冬江田島に行って、旧兵学校を見学して来た。今は海上自衛隊第一術科学校である。ここには今も教育参考館があって、詳しく見学したかったが、それは許されなかった。20分程度の見学であった)。ここには歴代海軍大将66人の写真がかけてあった。井上はいきなりそれを外すように命じた。「あの提督たちの中に、日本をこんにちの事態へ追い込んだ国賊と呼びたいような人物が何人もおる。国賊の肖像を若い生徒たちに敬仰させるわけにはいかないということらしかった。」
有名な東大国史学科教授平泉澄の講演を海軍でも、様々な学校で行っていた。しかし、井上はこの講演を兵学校で行うことを禁じる。神懸かった皇国史観は危険なものでしかなかったである。そのかわり、井上は普通学科を重視した。きちんとした教養を身につけることを大切にしたのである。その結果、兵学校で学んだ者は戦後他の学校に進学した後もそこでも学習に早期に馴染むことができたという。軍隊の中にも自由主義者はいたのである

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