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zoom RSS 日本陸軍戦争終結過程の研究 山本智之著 芙蓉書房出版 3700円

<<   作成日時 : 2011/01/12 13:21   >>

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 本書の中にも書いてあるように、日本陸軍に関してはあくまでも戦争遂行という点で一枚岩になっていたように考えられているが、実際には三国同盟に反対し、早期に戦争を終結する必要を訴える勢力が比較的早期から存在していたことが本書に記されている。最終的に終戦に至る過程でも、この勢力が大きな役割を果たしており、私自身のこれまでの認識を改める必要がある。その中心にいたのが松谷誠大佐であり、参謀本部の戦争指導班の班長であった(組織には若干の変化がある)。松谷らは、ミッドウェー、ガタルカナルの敗戦、ドイツ軍のソ連侵攻の失敗という状況をふまえ、昭和17年のうちから早期の戦争終結の必要を訴えていたが、陸軍内には戦争遂行派が中心になっており、それが受け入れられることはなかった。サイパン島の陥落という事態を受けて東条首相に直接戦争終結を訴えることになる。当然東条は激怒し、松谷は支那派遣軍参謀という立場に追いやられる。しかし、激戦地に送られることはなかったという点に、この当時の日本が置かれた状況が垣間見られるという。その後東条は失脚し、参謀総長に梅津美治郎、陸軍大臣に杉山元が就くと松谷は再び内地に呼び戻され、陸軍大臣秘書官(後に首相秘書官)になり、終戦工作に専念する。昭和19年になると戦局はさらに悪化し、昭和20年半ばで日本の継戦能力は尽きると判断されるようになる。戦争遂行にこだわる天皇も梅津の話(支那派遣軍の作戦能力が想像以上に落ちている)を聞き、気持ちは終戦に向かっていく。陸軍の中には、中間派が大勢を占めていたものの、これも次第に講和派に傾いていく。実際戦争遂行派は省部から左遷され勢力を失っていった。とはいえ、若手軍官僚を中心に戦争継続を訴える新勢力も生じつつあった。こうしたなかで昭和20年の5月にはドイツが降伏し、ソ連の対日参戦も近づき(松谷も含め講和を考える多くの者が中立条約のあったソ連の仲介につよく期待していたが、それも困難になった)国体の護持のみ最低条件にしての戦争終結がどうしても必要になった。松谷は、海軍の高木少将や外務省の加瀬俊一、宮中の松平康昌らと4人組で戦争終結に向けての活動を進めていたが、最終的に障害となっていたのはやはり陸軍であった。阿南陸将も個人としては戦争終結を是としていたが、会議の場となると戦争継続派に配慮して強気の発言となるのであった。結果として天皇の聖断をもとにして戦争を終結することとなった。陸軍の一部は反乱とも謂うべき行動を起こしたが、それらが組織的で大規模な運動になることはなかった。 
戦後、松谷が書いた本があるので、これだけ関連図書として読んでおくことにしよう。

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日本陸軍戦争終結過程の研究 山本智之著 芙蓉書房出版 3700円 読んだ本の内容まとめ/BIGLOBEウェブリブログ
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