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zoom RSS 絶望の国の幸福な若者たち 古市憲寿 講談社 1800円

<<   作成日時 : 2012/01/07 22:32   >>

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 帯には26歳社会学者による大型論考の誕生とある。ちょっと大げさな感じもするが、26歳の博士課程の大学院生にしては文章も、内容をしっかりとしていると感じた。内容はまさにタイトルの通りである。
 現在の若者の状況は「はじめに」に次のように要約されている。「実際、現代の若者の生活満足度や幸福度は、ここ40年間の中で一番高いことが、様々な調査から明らかになっている。たとえば内閣府の『国民生活に関する世論調査』によれば、2010年の時点で20代の70.5%が現在の生活に『満足』していると答えている。そう、格差社会や世代間格差と言われながら、日本の若者の7割が今の生活に満足しているのだ。」この本は、この「はじめに」に書かれた文章の中の一つひとつの要素を具体的に確かめる形をとって書かれている。
 では、その若者はどのように暮らしているのだろうか。「若者に広まっているのは、もっと身近な人々との関係や、小さな幸せを大切にする価値観である。『今日より明日が良くなる』なんて思わない。日本経済の再生なんてことは願わない。革命を望むわけでもない。」この見方もこの後より具体化されていく。

第一章 若者の誕生と終焉

 この本は若者論の本であるが、この若者論はこれまでも無数に書かれてきた。筆者はそうしたものを歴史的に考察し、次のように論じる。「若者論というのはすごく無理をして何とか成立しているものなのだ。(15歳から30歳が若者とすると)・・・2010年で約2013万人。ここでいる若者には、エルメスの時計をつけて青山学院高校に通う『爽やか系男子高校生』も、テレビもインターネットも持たずラジオで情報収集する23歳イラストレーターも、石巻市連続殺傷事件の被告として死刑判決を受けた19歳の少年も含まれる。2000万人に共通の特徴を見いだすのが、いかに難しいかわかるだろう。性差もある。地域差もある。貧富の差もある。もちろん、そのような差があることを知りながら、それでもなお世代としての『若者』を語ろうとしたのが若者論であった。」しかし、「結論から言えば、『若者』語りがこれからも当分終わることはないだろう。」「自分が年をとって世の中についていけなくなっただけなのに、それを世代の変化や時代の変化と勘違いしてしまう」ことも理由の一つである。「つまり、『若者はけしからん』と、若者を『異質な他者』と見なす言い方は、もう若者ではなくなった中高齢者にとっての、自己肯定であり、自分探しなのである。」「『若者は希望だ』論は、その逆である。若者を『都合のいい協力者』と見なすことで、自分と社会の結びつきを確認しているのである。」なるほど、これなら若者論はなくならないだろう。こうした状況のなかで、筆者の立場は次の通りである。「個人のアイデンティティや文化の問題に回収されがちな『若者』の問題を、社会的な問題として構造的に描き出すことが本書の目指すところである。」

第二章 ムラムラする若者たち

 若者が内向きになっているという、よく話題にあがることが取りあげられている。「確かに若者たちが『内向き』になっているというのは最近よく聞く話だ。」「彼らは時代の閉塞感を敏感に受け止めてきたから、安全で確実な道を選んでいきる。インターネットを使って世界中とつながる可能性こそ持っているものの、英語力が足りないため自由な交流が出来ているわけでもない。留学生も減っているし、青年海外協力隊への参加者も減っている。他人を押しのけてまで成功を求めずに、むしろ身近な仲間たちを大切にする。社会を変えようともしないし、投票にも行かない。」しかし、意外にもアンケートの結果から見ると若者には社会志向が見られるという。「20代の若者のうち、『社会志向』なのは55.0%、『個人志向』が36.2%、残りが『一概に言えない』か『わからない』だ。「しかも、過去と比べても『社会志向』の若者はすごく増えている。」「20年足らずで、実に社会のために役立ちたい若者が2倍にもなった」そうしたなかで、「若者たちの間でさながら『社会貢献ブーム』とも呼べるような現象が起きている。」また、「意識調査を見ても、政治に関心のある若者は増えている。」ところが若者が選挙に行かないというのは本当らしい。若者が海外に行かないに行かないというが、2割の若者は海外に行っている。留学生が減ったが、若者の数そのものが減っているのだ。「若者が地元化している、最近の若者は年に憧れないという話も『内向き』の一例としてよく挙げられる。」実際、「18歳から24歳の若者を対象とした『世界青年意識調査』には『将来もずっと今の地域に住んでいたいと思いますか』という設問がある。そこで『住んでいたい』というと答える若者の数は・・・増加傾向にあることがわかる。」また、「高校と同じ都道府県の大学へ進学する人の割合は上昇傾向にある。」県外で働く若者も減っている。そもそも全人口の場合だが、三大都市圏への人口流入そのものが減少傾向である。この現象について筆者は次のように述べている。「今は地方都市が発達したことにより、大学も働き先もない『本当の田舎』が減って、『そこそこの都市』が増えた。それが若者を同一都道府県内に留まらせる一つの要因になっているのだろう。」また、次のような論もある。「『若者がものを買わなくなった。これでは日本経済も真っ暗だ』というおじさんたちの悲痛な叫びを聞くことが多くなった。」しかし、全てのものが売れなくなったわけでない。「嫌消費っていうからもっともの凄い消費離れが起こっているのかと思ったら、どうやらただの自動車・家電・海外旅行離れのことらしい。」「ゲーム機、パソコン購入にかける費用は他の世代よりもよっぽど多い。」買うものの種類とスケールが変わってきたのだ。「若者の人口減少スピードが急激なため、『若者が自動車を買わなくなった』『海外旅行に行かなくなった』など、いくつかの事実が過剰にインパクトを持ってしまったのだろう。」「若者に文句を言う前に、日本の出生率をここまで低くした政策担当者、それを支持した当時の国民に言って欲しい。」結論は次のようになる。「世の中が騒いでいるほど『内向き』とまでは言えないが、『外向き』と言いきれるわけでもない。」
 次に若者について次のように分析している。「彼らは『社会』という『大きな世界』に不満はあるけれど、自分たちの『小さな世界』には満足しているのである。」そうした満足を幸せと呼ぶことも出来る。しかも、「仲間」や「友人」がいれば、この幸せという感覚はさらに強まる。こうした「仲間」を大切にする感覚が「内向き」と見えるのかもしれない。いずれにしても「まるでムラに住む人のように、『仲間』がいる『小さな世界』で日常を送る若者たち。これこそが、現代に生きる若者たちが幸せな理由の本質である。」
 ところで、社会貢献したい若者の数が増えているのに、実際の活動に参加する人の数は増えないのか。」「それは、日常の閉塞感を打ち破ってくれるような魅力的でわかりやすい『出口』がなかなか転がっていないからだ。」「わかりやすい『出口』があれば、喜んで若者たちはその扉を開ける」いい例が震災ボランティアだ。

第三章 崩壊する「日本」?
 明治以降、政府は国民に「日本人」という意識を持たせるように工夫し、努力し、その成果もあって国民一丸となる大戦争を起こし、国土が焼け野原となる中からも、そのナショナリズムの力といくらかの偶然で今日の復興を果たした。ところが、日本人とくに若年層に「日本」の希薄化が起こっている。「たとえば『若者のテレビ離れ』。」「テレビを観ていれば、最適限度の教養や、『日本人意識』を知らないうちに身につけることができた。つまり、テレビは日本人の『一億総博知化』を促す教養セーフティネットだったのである。」
 「統計データに向き合いながら、若者の愛国心の話に戻ってみよう。」「20代の『国を愛する気持ち』はこの10年間で上昇傾向にあることがわかる。」「また『日本に生まれて良かった』と考える若者も増えている。」「同様に、『自分なりに日本の役に立ちたい』と思う若者も増えている。」しかし、筆者は次のように考える。「これはナショナリズム、というよりもただの『日本ブーム』に近い。明治政府が掛けたナショナリズムという魔法とは、別種のものだと言っていい。」「それを象徴するデータがある。2005年実施の世界価値観調査によると、『もし戦争が起こったら、国のために戦うか』という設問に『はい』と答える日本人の割合は15.1%だった。調査対象国24カ国中、最低の数値である。ちなみにスウェーデンは80.1%、中国は75.5%、アメリカは63.2%。」「だけど僕はこの状況を歓迎すべきだと思っている。」「国家間の戦争が起こる可能性が、少しでも減るという意味において。」

第四章「日本」のために立ち上がる若者たち

 この章で筆者はデモや集会に参加する若者を分析している。それらについて、章末で次のようにまとめている。「本章で見てきた『日本』を変えるために運動を続ける若者たち。彼らの活動は、閉塞感を紛らわせるための表現活動だったり、承認を求めるための『居場所』探しという色彩が強かった。それでいいのだ。家に閉じこもっているよりは、太陽の下で街を歩いた法が健康にも良さそうだ。共通の話題を語れる友人までできるなんて、一石二鳥である。」

第五章 東日本大震災と「想定内」の若者たち

 第四章とある意味つながりがある部分である。今回の大震災で若者たちはボランティアなどに立ち上がった。そうした現象を通じた若者分析である。「言葉は乱暴だが、社会志向の若者にとって今回の震災は待ち望んでいた事件だとさえ言える。福岡の学生団体が『今、みんなが一つになる理由ができた』と単刀直入に語っていた通りだ。その意味で、実は震災後に起こった日本ブームは『ナショナリズム』とさえも呼べない現象なのかもしれない。つまり、若者にとって『東北』が『カンボジア』と交換可能なものだとしたら、いくら『日本』が強調されているとしても、結局それは『自分たち』のことではなく『自分たち以外』の問題ということになるのだから。」

第六章 絶望の国の幸福な若者たち

 日本は巨額の借金を重ね、少子高齢化で社会保障もどうなるか先の見通しは明るくない。今現在の高齢者が自分の支払った保険料と比べて多くの給付を受けようとしているのに、若者は自分の負担に見合った給付を受けられそうにもない。
ところが、「世代間格差に怒り、その是正を訴えるのは40差前後の『おじさん』が多いように思う。」若者はあまり怒っていないのである。しかも、若者は全国民のごく一部であり、議会制民主主義の中で今の問題が是正される見通しもない。「なぜこんなに絶望的な状況なのに、若者たちは幸せでいられるのだろうか。」「日本において、若者の貧困が顕在化しない大きな理由の一つに『家族福祉』があると言われている。けっこう裕福な親の家で暮らしていれば、非正規雇用でもそれなりに豊かに暮らせる。」「貧困は未来の問題だから見えにくい。(インターネットなどを通じて)承認欲求を満たしてくれるツールは無数に用意されている。なるほど、多くの若者が生活に満足してしまうのも頷ける。」「どんなに悪い労働環境で働いても、どんな不安を抱いたとしても、仲間のいるコミュニティに戻ればいいのだ。経済的な不満も、未来に感じる不安も、様々な形で提供されるコミュニティが癒してくれる。それこそが若者が反乱を起こさない理由の一つでもあるのだけど、他に選択肢がないんだから仕方がない。」
 「中国のおける農民工(農村籍のために都市に出ても社会保障の対象にならず、しかも低賃金で労働せざる得ない人々)の生活満足度の高さ、蟻族(中国版高学歴ワーキングプア)の満足度の低さからは、ある残念な結論が導き出される。日本が格差の固定された階級社会や身分制社会になってしまったほうが、多くの人にとって幸せなんじゃないかということだ。客観的には劣悪な環境で暮らす幸せな農民工と、自己実現欲求や上昇志向を捨てられないがゆえに不幸せな蟻族は、日本の未来を考える上で象徴的だ。というか、20代の生活満足度が上昇し続けているという事実は、すでに日本の若者が半ば『農民工』化していることを示しているのかもしれない。」
 「国民の平等を謳いながらも、あらゆる近代社会は『二級市民』を必要としてきた。たとえば、日本を含めた近代国家は、『二級市民』という役割をずっと『女性』に負わせてきた。」「だけど男女同権が叫ばれたり、労働力不足が顕在化する中で、ヨーロッパでは女性の社会進出をバックアップすると同時に、安価な労働力として『移民』を積極的に用いるようになった。しかし移民労働力の受け入れを拒否し続けてきた日本では、『女性』に加えて『若者』を二級市民として扱うようになった。すでに日本の若者たちの『二級市民化』は進んできている。『夢』とか『やりがい』という言葉で適当に誤魔化しておけば、若者が安くて、クビにしやすい労働力だってことは周知の事実だ。このままでいくと、日本は緩やかな階級社会へ姿を変えていくだろう。『一級市民』と『二級市民』と『二級市民』の差は少しずつ広がっていく。一部の『一級市民』が国や企業の意志決定に奔走する一方で、多くの『二級市民』はのほほんとその日暮らしを送る、という構図だ。だけどそれは、人々にとって不幸な社会を意味しない。たとえば最低時給が300円くらいになってしまったとしても、『健康で文化的な最低限度の生活』を保障するために、WiiやPSPを支給しておけば暴動も起きないだろう。」「Googleから検索ウインドウが消える日が来るかもしれない。過去の自分の行動履歴をもとに、あらゆる情報はリコメンドされる。Amazonは、本の読むべき箇所まで推薦してくれるかもしれない。その頃には、『全国ニュース』も多くの人には意味のないものになっているだろう。一部のエリートは難解なNHKニュースを見続けるかもしれないが、多くの人々はリコメンドされるままに『合コンで印象に残る自己紹介パターン』などのニュースを見続ける。」「僕たちが生きている時代は一億総若者化の時代だ。世代ごとの意識の差は減少し続けているし、今後ますます多くの若者が『正社員』や『専業主婦』という既存の社会が前提とした『大人』になれないのだといしたら、彼らは年齢に関係なく『若者』で居続けるしかない。まさに僕たちは、日本中の人々が年齢に関係なく『若者』化する時代、その過渡期にいる。本書も『若者論』を掲げながら、結局この国の姿の片鱗を描くものになってしまった。それはもう、『若者』は年齢に関係なくどこにでもいるし、『若者の中の若者』と言えるような人々がいないからでもある。」
 「歴史が教えてくれるように、人はどんな状況でも、意外と生き延びていくことができる。どちらにせよ、明日すぐに日本経済が破綻したり、他国に侵略されるという状況は考えにくい。時間はある。この国が少しずつ沈み行くのはどうやら間違いないけれど、これからのことを考えていくくらいの時間は残されている。『奇妙』で『いびつ』な幸せはまだ続いていくだろう。『日本』にこだわるのか、世界中どこでも生きていけるような自分になるのか、難しいことは考えずとりあえず毎日を過ごしていくのか。幸いなことに、選択肢も無数に用意されている。経済大国としての遺産もあるし、衰退国としての先の見えなさもある。歴史的に見ても、そんなに悪い時代じゃない。戻るべき『あの頃』もないし、目の前に問題も山積みだし、未来に希望なんてない。だけど、現状にそこまで不満があるわけじゃない。なんとなく幸せで、なんとなく不安。そんな時代を僕たちは生きていく。絶望の国の、幸福な若者たち。」
 
 最後は若者論でもなく、しかも現状の分析でもなく、すべての日本人への問いかけで終わっている。こんな未来がもう間もなく来るのに平気でいられますか?、と。

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